老若男女を問わず、カフェを経営する人であれば、誰もが夢見るであろう理想の空間。
それは、鼻先をくすぐるコーヒーのアロマとともに、ゆったりとロマンチックに流れる音楽に誰もが包まれるような場所なのではないでしょうか。
カフェを利用するコーヒー愛好者たちは、味覚と嗅覚でお店の提供するコーヒーを評価するだけではありません。カフェの空間演出に対する彼らの審美眼は、その体の奥深くにまで染み付いた「カフェミュージック」の記憶にまで由来しています。
しかし、一般に「カフェミュージック」といっても、お決まりの音楽ジャンルが存在するわけではありません。
とはいえ、居心地のいいカフェのBGMを思い浮かべるとき、決して音楽としての主張は強くないのに、ムード作りに大きく貢献している2つのジャンルの存在に気がつくでしょう。
それが、「ボサノヴァ」と「ソフトロック」。
今日は、時間と空間に魔法をかけるこの2つのジャンルについて、その人気の秘密を音楽のルーツとともに紹介します。
ブラジル発、だけど人気は世界級なボサノヴァの謎
ボサノヴァという音楽ジャンルを特徴づけているのが、まるで楽しいおしゃべりを誘うような、音の心地よいスキマです。
同じくブラジル発祥の音楽であるサンバとは大きく異なり、リズム構成に主要な貢献をしているのはドラムやパーカッションではなく、「バチーダ」と呼ばれる奏法で刻まれるクラッシックギターの柔らかい音色。
この独特なギター奏法がゆったりとした空間性にあう上、響きのよい英語・ポルトガル語の歌詞が会話の妨げになりません。
さて、発祥の地であるリオデジャネイロ市の文化遺産として登録されているボサノヴァですが、いまや世界各所のカフェで愛聴されているのには、このジャンルが背負った独自の歴史的背景があったんです。
「サンバ×ジャズ」世界を旅する音楽性
「ボサノヴァ(bossa nova)」という言葉は、ポルトガル語で「新傾向」または「新感覚」を意味するといいます。
今でこそどこかノスタルジックな響きをもつボサノヴァですが、1950年代には、ラジオ放送などを通じて上陸したアメリカのジャズが、ブラジルのサンバ音楽と科学反応を起こして生まれた「新しい音楽」だったのです。
土着性に根ざしたサンバ音楽とはちがい、どこかコスモポリタンで洗練された雰囲気が漂うのは、このようなハイブリッドな遺伝子が理由だったのですね。
その後1960年代になると、トム・ジョビンの曲「三月の雨」がコカ・コーラのCM曲に使用されるなど、ボサノヴァは今度はアメリカに逆輸入される形で大ヒットを記録します。
そして1963年、ジョアン・ジルベルトがアメリカのサックス奏者スタン・ゲッツと共作した伝説のアルバム「ゲッツ/ジルベルト」から今なおボサノヴァのスタンダード曲であり続ける「イパネマの娘」が生まれます。こうしてボサノヴァはアメリカを経由して世界に羽ばたいたのです。
ブラジルから世界のカフェへと旅する音楽。その広がりは、まさにブラジル産コーヒー豆のようですね!
アメリカ西海岸の甘美な夢〜ソフトロックを支える「確かな品質」
「ビートルズがボサノヴァを殺した」という表現があります。
1964年のビートルズ上陸によって、アメリカ国内の音楽的嗜好が一気にボサノヴァからロックに様変わりしたという意味の言い回しですが、裏を返せばボサノヴァはアメリカでそれほどまでの人気を博していたということでしょう。
しかし、60年代半ばから本格的にロックの時代が到来したとはいえど、カフェミュージックとして現在も好まれているのはビートルズ流の軽快なロックンロールではありません。
例えば日本最大手のチェーン企業であるドトール・コーヒーのBGMプレイリストに並んでいるのは、60年代後半から70年代前半の「ソフトロック」または「AOR(オーディオ・オリエンテッド・ロック)」と呼ばれる楽曲たち。
ロック特有のシンプルで性急なビートではなく、温かくゆったりとした楽器演奏のうえに甘美なメロディーと洗練されたコーラスを乗せたソフトロックは、日常のストレスから離れた、どこか牧歌的な空間演出に一役買っています。
職人が作る音楽
「ソフトロック」は明確な定義をもったジャンルではありませんが、その核の部分を成しているのが60年代後半から70年代前半の、アメリカ西海岸で制作されたロック音楽であることは疑いようがありません。
今なおカフェでリラックスムードを作り出しているソフトロックですが、60年代のアメリカは公民権運動や長期化するベトナム戦争の真っただ中。そんな時代にあって、ビーチボーイズやアソシエイション、フィフスディメンションなどの楽曲から浮かび上がる「夢のカリフォルニア」の姿は、人々にこれ以上ないほどのなぐさめと癒しを与えてくれたのでした。
そして、ソフトロックの音楽性を特徴づけているのが、これらアーティストの音源を「影武者」的に演奏していたスタジオミュージシャンの存在です。当時、ラジオのトップチャートを賑わせていたヒット曲のほぼすべてが、レッキングクルーと呼ばれる一握りの凄腕ミュージシャンたちによって演奏されていたのでした。
このジャンルがアメリカ本国にも増してここ日本で根強い人気を誇っているのも、その「職人肌」な作り込みが理由なのかもしれません。
ルーツを知り、活用法を知ろう
すべての音楽には、そのジャンルを生んだ背景があります。
ルーツを深く知ることにより、シーンやメニューに合わせたBGMの活用法を探ってみるのもいいかもしれませんね。
まずは、「ランチ帯のお喋りにボサノヴァ」、そして「癒しムードにソフトロック」、おためしあれ!
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