猫も杓子もオンライン化が進んでいる昨今、オフラインの空間を利用した「コミュニティー・ビジネス」の可能性が注目を集めています。実店舗を構える飲食業にとっては、これはまたとない商機だといえるでしょう。
そんななか、今回お話を伺ったのは、渋谷・表参道のカフェ、「factory」のオーナー西原典夫さん。factoryは、企業のトークイベントや記者発表に利用されたり、さらにはあの家入一真氏が都知事選に立候補した際にもこのお店から第一声をツイキャスで発するなど、ビジネスパーソンやクリエイターによる自由な空間利用が注目を集めている人気店です。
「オンラインのつながりが広まるなか、オフラインの場所がなおさら重要になると思う。」そう語る典夫さんに、人の集まるお店作りを学んできました。
「カフェ×ビジネス利用」のコンセプト背景
渋谷と表参道の中間にお店を構えるfactory。青山大学のすぐ近くというロケーションから学生の利用客も多いといいますが、factoryの顧客層の半分は仕事で利用するお客様。内装やBGMの雰囲気こそ大きく異なりますが、空間体験のコンセプトとしてはルノアールに近いといいます。
さらに渋谷という土地柄、会議室を持っていないスタートアップ企業が多いこともあり、ミーティングスペースとして利用したり、リモート作業を行う仮オフィスとして利用したりと、ビジネスの垣根を越えた交流がしばしば行われているそうです。
「カフェのゆるい感じがもともと好きで、表参道のニド・カフェやロータス、渋谷のカフェ・アプレミディなどのスペースから影響を受けました。それと、アンディ・ウォーホルが好きで、ウォーホルがマンハッタンに作った「Factory」をデザインやアイデアの参考にしています。さらに歴史を遡れば、フランスにカフェ・ド・フロールという伝説的なカフェがあって、「カフェ=サロン(溜まり場)」という雰囲気を自分の店でも再現できればいいなと思っています。」
ウォーホルの「Factory」といえば、アトリエとしての機能だけではなく、アート業界の関係者がパーティーを開いたり、情報交換のために集まるサロンとしての機能をしていた場所。「カフェ・ド・フロール」は、サルトルやカミュなど20世紀のフランスを代表するような文学者が執筆に利用していた溜まり場として、今では観光名所にもなっています。
日本でのカフェ・ブームは、「カフェ飯」を中心としたおしゃれなメニューへの注目から火がついたものでしたが、典夫さんが心惹かれたカフェ文化とは、欧米の歴史と伝統に裏打ちされた「サロン」としての雰囲気。そんなカフェのルーツを探し求める典夫さんは、ニューヨークやフランスのカフェを自らの足でめぐったのち、ブルーノート東京の社員として、人気のブックカフェ、ブルックリンパーラーの立ち上げにも参加しました。
「ブルックリンパーラーは、電源やWi-Fiが完備されているので、ノマドワーカーの集客にも意欲的でしたし、お客さんの空間利用のありかたも自由。ソファや大テーブルなど、店内家具の用い方にも影響を受けました。」
factoryにもソファ席のほかに大テーブルがあり、「相席しても気にならないような大きさであること」、「会議にも十分使えるような大きさになっていること」がポイントだといいます。「相席」をきっかけとして生まれるお客さん同士のつながりもあるとか。
「マックの背中のステッカーから会話が生まれて、仕事につながったり、名前や顔はTwitterアカウント等で知っていたが、リアルな出会いはここが初めて、というお客様もいます。そういう交流を私から積極的に促すことはなく、お客さんのあいだで自然に育つつながりを大切にしています。」
広々としたカフェのなかに個室や区切られた空間を作らなかったのも、お客さん同士の壁を作らないようにするための工夫なのですね。
「再訪率」がお店の指標
2011年11月、35歳の時にfactoryをオープンした典夫さんは、開店当初から電源・Wi-Fiを解放するなど、ノマドワーカーの集客に意欲的でした。となると、当然気になるのはお店の回転率。
「回転率や客単価よりも、リピート率を最優先に考えています。メニューへの評価が再訪のきっかけになったりすることも勿論ありますが、長居してくれるということは居心地がいいということなので、そういった居心地を求めて来てくれるようなお店にしたいな、と。客単価でいえば一週間に一回きて2000円つかう人、一週間に4回きて500円つかう人など、様々ですが、再訪率はお店が愛されているという指標として評価できるので、客単価にはこだわっていません。それよりも頻繁に来てくださると嬉しいです。」
そうした居心地の良さは口コミ要素としてさらなる集客にもつながると典夫さんは言います。
「短期のコンセプトショップにはプロモーションも重要だと思いますが、factoryのように個人で長く続けようと思っているお店の場合は、頑張って広告をうって集客をしたとしても、お客さんとのあいだに温度差が生まれてしまったりもする。そういう事態は避けたいですね。やっぱり、お店の雰囲気を作っているのはお客さんだと思うので。」
そんなお店の雰囲気を重視するために、factoryはあえて価格帯を下げず、ランチクーポン導入などの営業の電話を受けてもほとんど断っているといいます。お店のカラーと合うお客さんが自然と増えて行くことで、割引などのキャンペーンをうたずとも、その居心地と雰囲気に惹かれる顧客層が育っていくのです。
持ち込み・出前もOK!?
factoryの店舗運営において特筆すべきなのが、料理の持ち込みや、店内への出前の注文もOKという、驚きのポリシーです。この方針があることにより、来店のきっかけになる上、ドリンクの売り上げにもつながるため、「立地さえ間違わなければいいシステムではないか」と典夫さんは考えています。
「料理の修業を積んだわけではなかったので、オープン時には食事メニューも少なかったんです。さらに、周辺にオフィスが多いこともあり、おいしいお弁当を販売するお店がたくさんあるのですが、公園だったり、それを食べられるスペースがほとんどなく、会社のデスクで食べなければならない。そこのミスマッチに気付いて、ならうちの店で食べてもらおうと。もちろん単価は上がりませんが、仕込みの時間・提供時間が省けるし、ロスもないというところがワンオペでやっているfactoryには大きなメリットです。」
食事メニューでは「水を使わずに一から手づくり」の自家製バターチキンカレー(絶品!)が看板メニューになっていますが、顧客全体からいうとご飯をたべるお客さんは3割くらい。大半はカフェ利用のほか、お店の売りのひとつでもある豊富な品揃えのビールを注文するお客さんだといいます。
「ちょっと一杯のみながらのほうが、お客さん同士のコミュニケーションも広がりますし、お昼から注文するお客さんも少なくないです。ビールの品揃えが多いのは、僕がもともとビール好きだからという理由なのですが、オープン時から30種類置いていたメニューが、次々増えて今は100種類近くになって、何度も冷蔵庫を買い足しました(笑)」
新しく仕入れたビールの情報をその都度SNSで発信すると、クラフトビールブームもあり、集客にも手応えを感じるようになったといいます。ビールに興味がなかったお客様にもオススメを提案することで顧客接点も増え、なんといっても種類・品揃えが多い分、それがリピートのきっかけにもなるのです。
店舗運営には「ゆるさ」が大事
最後に、「カフェの個人経営で大切なことはなんですか?」という直球の質問をぶつけたところ、典夫さんは「できることをする、無理をしない」と即答してくれました。
「やりたいこと、先のことを見据えるあまり、”いまできること”がおろそかになってしまうことが一番の不幸だと思います。factoryの場合は、居心地の追求を最優先にしてお店を運営している。個人経営だけれど、いろんな人との縁があってお店を続けていられるのは、そのためにできることを大切にしているからだと思っています。なので、”この場所をなくさない”ために自分ができることはなにかを常に考えていきたいです。」
人気店が突然の閉店をしたので理由を探ってみると、オーナーが無理をして体を壊したせいで続けられなくなってしまっていた……悲しいかな、これがひとつの「あるある」なのが飲食業の世界。
お店を経営していると、売上にテコ入れをしたり、派手にプロモーションをしたり、というタイミングがくるものですが、そこで無理をして経営者が自分の健康を崩してしまっては、その場所を拠り所にしているファンが悲しむことになってしまいます。
「近くの大学に通っていた学生が、社会人になってうちの店で同窓会を開いてくれたりするとすごく嬉しい。」
そんな「人のつながり」を財産に、居心地のいい空間を追求するfactory。典夫さんのいう、「飲食店という枠にとらわれない使われ方」を今後も守り続けていただきたいと思います。
【店舗情報】
「factory」(http://factory.cr/)
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2-8-7 青山宮野ビル1F
Tel:03-6419-7739
■営業時間
12:00 – 22:00(月 〜 金)
※臨時休業日は店舗ホームページ、SNSでご確認ください。
■定休日
土曜日、日曜日、祝祭日
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