「自分の店にどんなお客様が来て欲しいか」これは、店舗の開業時に誰しもが思い描くイメージでしょう。
来て欲しい人の顔をまず第一に思い浮かべ、それを元に値段帯を決定し、メニューを決定し、出店エリアを決定する……つまり、客層設定とはお店のコンセプト作りの第一歩なのです。
客層設定に必要なプロセスの中には、「お店の使われ方」の定義も含まれます。つまり、ターゲットにはどういうシーンでお店を利用して欲しい?デート?接待?……そのようなチェック事項を積み重ねていくことによって、お店の内装イメージ・BGMに求める雰囲気などの細部がより引き締まってくるのです。
しかし、これは逆に言えば、「こういう風なお店を作りたいな」というオープン前のイメージが、店舗経営の思わぬ躓きの石になることもあるということ。
店長の失敗体験・第二回となる今回は、都内でドイツレストランを経営するYさんに、そんな客層設定についての悩ましい失敗談を伺いました。
お店と客層のズレはどのようにして生じるか
「大人の隠れ家」をコンセプトに掲げたYさんのお店は、都内の繁華街のはずれにある、中規模のレストラン。来て欲しい客層としては社会人経験の長い、落ち着いた層をイメージしており、街の喧騒から離れたその立地はターゲット層の集客にはぴったりの場所……のはずでした。
しかし、開業後間もなく、お店の掲げるコンセプトとお客様の求めていることがズレていると気づかされたとYさんは語ります。
(Yさん)「お店のメインの商材がドイツ産ビールということもあり、普通の居酒屋で出すビールよりも高いものにお金を払うようなターゲット層に合わせてメニューの価格帯を設定していました。それ自体は間違いではなかったのですが、どうしても日本人にとってドイツビールといえば、野外で楽しむオクトーバーフェストのように皆んなでワイワイ飲むものというイメージがあるため、”隠れ家”というコンセプトが邪魔になってしまっていたんです。」
何故「大人が一人、または少人数でひっそりとビールを楽しむ場所」というコンセプトが仇になったか。そのことについて思いを巡らせれば巡らせるほど、「オープン前にメイン商材の研究が不足していたことは否めない」とYさんは肩を落とします。
その他にも照明を落とした店内、接待にも利用していただけるような個室席など、ターゲット層に合わせた店作りをしていたはずが、繁華街という土地柄、お店がターゲットとして想定していなかった筈だった若い大学生たちも来る(「来てしまう」)ようになり、コール合戦が始まったり、隣のテーブルのお客様に絡んだりと、お店の雰囲気を損なう行為を連発するようになったのです。
(Yさん)「そもそもお店作りの観点からすれば、大学生はターゲットから遠ざけておきたい年齢層でした。もちろん迷惑行為は禁止しているのですが、その周知のために店内に張り紙などで明記してしまうと、一気にお店のブランドに傷がついてしまうのが悩みどころです。現状では、若いお客様が来店された際には敢えて高いビールをお勧めしてガンガン飲ませない、ビールの注文のみわざと出すスピードを遅くする、などといった方法でとりあえずコントロールしています。」
ターゲット層とのズレが悪い形で目立ってしまったYさんのお店ですが、その「失敗」は集客のために飲み放題クーポンを出したことにより、さらに深刻化することになったのです。
「クーポン集客」がお店を壊す!?中長期的な経営目線の必要性
どうやったらターゲット層のお客様を囲い込めるだろうか……そう思い悩んだYさんの次の一手はクーポン券の発布でした。周知の通り、クーポンを通じたキャンペーンは見込み客とお店との最初のタッチポイントを作り出す上で効果的な施策。しかし、Yさんのお店では、これが思わぬ劇薬となってしまいます。
(Yさん)「本来は、アラカルトで注文する高価格帯の客層を囲い込むための施策だったのですが、でかでかと飲み放題プランを宣伝してしまったためか、実際に集まったのは若いお客様。若いお客様がクーポンで来店すると、もう一度クーポンできてしまう……そのため、クーポンにぶら下がった、利益増に貢献しない客層だけが育ち、想定ターゲットがお店から離れてしまうという負の循環に陥ってしまいました。」
ターゲット層の客足が遠のいたことによって、お店のブランディングは完全に暗礁に乗り上げることとなりました。もちろん、その間もお店のスタッフは、ドイツビールに対しての知識を深めたり、大人な悩みを受け入れるための懐の深いコミュニケーション術を磨いたりと、ターゲット層の目線に立ったプロフェッショナルな接客を磨いています。
ただし、それは「ちゃんとサービスを提供していれば、ターゲット客は振り向いてくれるはず」というどこか楽観的な想定に基づいているのかもしれない……Yさん自身、そう悔し気に認めます。
(Yさん)「ひょっとすると、もう一度、客層を再定義する段階に来ているのかもしれません。知り合いのお店で、回転率の悪いお年寄りのお客様を突っぱねたようなお店作りをしていた地域密着型カフェがあったのですが、その結果、誰も寄り付かないお店になってしまった。その知り合いが、エリアの昼間人口の年齢構成を調べてみたら、半数以上が50代以上の主婦層、メインターゲットとしていた20代の若い女の子は、一人暮らしで別の街に暮らしていることが多かったんです。それで慌てて路線変更をしたところ、主婦のお客様がときどき娘さんを連れて来てくれるようになった!と喜んでいました。」
飲食はキャッシュフローとの戦いなので、経営者は数字とにらめっこを続けながら来月・再来月の売り上げを予想する日々。とはいえ、プライドがあるので、客層をガラリと入れ替えることはなかなか気が進まないことだったりするのも確かです。大切にしたいお店のコンセプトと、中長期的な経営指針、その落とし所の見極めが難しいこともまた、店長の悩みなのです。
(Yさん)「私も、もうすこし広い視野でお店の経営を考えて、『楽しいお店であればいいじゃん』と開き直ってみれば、若い大学生が社会人になった時に上司を連れて来てくれるかもしれない。これもあくまで仮説であって、やってみなければ効果はわからないところではありますが」
お店の開店準備期間に、どれだけ正確な客層設定をできるかどうかが重要なことに変わりはありませんが、お店を続けていくためには幅広い客層を受け入れるための柔軟な姿勢と、試行錯誤の繰り返しが必要。失敗を通じたYさんの気づきからは、そんなことを学ぶことができました。
皆さんも、この貴重な失敗談から、ご自身のお店の客層設定を見直してみてはいかがでしょうか?