飲食業界における国内最大手チェーンの一角である、『吉野家』。
その吉野家があるサービスの利用開始をきっかけに、店舗運営に大量のiPadを導入したことをご存知でしょうか?
そのサービスの正体とは、数十秒の動画クリップを用いて本部と現場とのやりとりを活性化するツール、『ClipLine(クリップライン)』。
IT化への取り組みが遅れがちな接客業界にあって、「スタッフの育成」から「人手不足の解消」にいたるまで様々な用途で着実に成果をあげつつあるといいます。
今回はそんなClipLineの開発秘話やサービスの全貌に関して、仕掛け人であるジェネックスソリューションズ代表・高橋勇人(たかはし はやと)氏にお話を伺ってきました。
(取材・編集:OMISE Lab編集部、青字:高橋勇人氏)
現場と本部の「どこでもドア」〜ClipLine開発秘話〜
2013年に株式会社ジェネックスパートナーズから独立し、ジェネックスソリューションズを設立した高橋氏。
2008年から回転寿司チェーン「あきんどスシロー」の経営改革に携わった期間には、出店数をおよそ100店舗も拡大するほどの業績向上を実現させるなど、大手チェーン「かっぱ寿司」を手がけるカッパ・クリエイト・ホールディングスを上回り業界1位の座に輝く下地を作った張本人です。
その他にも、ダイヤモンドダイニングで4年のあいだ経営・サービスの全面見直しを行い、社外取締役も務めるなど、高橋氏のバックボーンには、大企業の経営にメスをいれたコンサルタントとしての確かな経歴がありました。
高橋氏:
「経営コンサルタントとして、チェーン企業が店舗数を拡大していく際に直面するであろう課題は、ひと通り手がけた。その経験を通じて店舗展開ビジネスにおいて取り組まなくてはならない課題は、ある程度パターン化できるものだという気づきを得ることができました。」
しかし、その課題をいざ「実行」に移す段階となると、企業とコンサルタントの前に思わぬ「壁」が立ちはだかることとなりました。それは、チェーン企業の組織がもつ特性上、労働環境の整備には時間もかかる上、企業のオーナーが考えていることが現場レベルまでなかなか伝わらないという現状。
「例えば、あきんどスシロー様の経営改革に携わった際には、現場スタッフのひたむきな努力とは裏腹に、狙った通りの成果が得られていないという状況を目の当たりにしました。
それもこれも、本社で突き詰めて議論した内容が4万人の従業員に正確に伝わっていない上に、現場の状況もまた本部の担当者まで届きにくいという構造的な原因があったんです。」
高く積み上がったピラミッドの、広い裾野。現場との意思疎通を阻んでいるのは、まさにチェーン企業ならではの構造的課題でした。
「伝言ゲーム」による情報の劣化を解消したい
高橋氏:
「あるプロジェクトが各店舗で正確に行われているかどうかを把握することは、基本的に企業本部のスーパーバイザーの仕事です。ですが、例えば東北地方だけで10以上ある店舗をスーパーバイザーが車を飛ばして周るとなれば、それだけで膨大な時間的リソースが必要となる。
なによりも、トップからの伝言ゲーム的な情報伝達の流れのなかで、裾野に位置する実店舗まで行き渡る情報にばらつきが生じてしまうのです。」
現場とのやりとりに苦心する社員の方々や、「報告書」という従来の形式でフィードバックを行う現場従業員の姿を見るうちに、高橋氏の頭をよぎったのは「『どこでもドア』があったらいいな」という発想でした。
「そこで注目したのが、動画クリップによる情報共有の仕組みでした。スシローの経営コンサルティングを行っていた時代、各店舗の店長さんにお願いして携帯電話を使って店内の画像を本部に送信していただいたことがありました。
口頭や報告書ベースでのコミュニケーションに比べ、迅速かつ分かりやすかったのですが、写メでは解像度が低く、定常業務として使うには厳しかった。その経験がClipLineの開発にいたる大きなきっかけでしたね。」
ClipLineは、本部から送られてくる動画を現場で共有するだけでなく、店舗でカメラを立ち上げ、撮影した動画を送り返すこともできることが最大の持ち味。まさに、現場と本部間のコミュニケーションにおける従来の手間を省きつつ、情報共有の精度を飛躍的に高めるために考案されたサービスといえます。
スシローの経営コンサルタントとして、「プロジェクト・ダーウィン」という名のもとにチェーンの抜本的”進化”を手がけた際に、いくつもの現場を渡り歩き社員やスタッフと密な意見交換を行ったという高橋氏。その経験が、コミュニケーションツールの「進化形」であるClipLineには凝縮されているのです。
現場スタッフの「カラダ」と「ココロ」を動かす映像コミュニケーション。
実店舗を持ち、多数の従業員を抱える「店舗展開ビジネス」を支援するためには、モチベーションの問題を含め、まずは従業員が気持ちよく働ける環境を整備することが必要だと感じたという高橋氏。
そのうちに、実際に現場で働いている人たちの成長を促し、支援するには「映像」が不可欠だと考えるに至ったといいます。
高橋氏:
「現場で働いている方にとって、主な業務といえば体を動かす仕事がほとんどです。その体の動かし方にきちんと”正解”を示すには、口頭や文字情報では伝わりにくい。
“いらっしゃいませ “の言い方ひとつから、レシピ通りに調理する方法、店内を清潔に保つための取り組みにいたるまで、これらすべてを頭のなかに叩きこむだけでは足りず、映像として動作・作法を共有したほうがよほど分かりやすいんです。」
言葉を通じたコミュニケーションでは、表現や解釈の個人差が生じることは避けられません。それに対し、映像には、「正しい姿」を全店舗で共有することにより、サービスのムラがなくなるという強みがあります。ClipLineはまさにその強みを縦横無尽に活かしたサービス。iPad端末を利用し、1本わずか数十秒ほどの動画クリップを通じて、実業務に関するすべてのノウハウを提示することができるのです。
「スシローの現場に何度も足を運んだ結果気がついたことなのですが、優秀な店長であればあるほど言葉で説明しないんですね。
両手に二つの寿司をのせて、『こちらが出来の良い寿司』、『こちらが出来の悪い寿司』と実際に示してみせる。この伝達の仕方は映像以外に表現する術がないんですよ。」
ClipLineでは繰り返し練習しないと習得できないような作業を、アクションごとに小分けにして撮影しています。クリップ1本あたり数十秒という時間尺にも、「長い動画だと習慣化する速度が遅い」という意図が込められているのです。
「見てできるなら全員イチローになれるが、技術を定着させるには実際に何度も体を動かさなくてはいけないんです。」
高橋氏のこの一言には育成ツールとしてClipLineが持つ可能性が凝縮されていますが、動画クリップの利用法はスタッフ育成のためのマニュアル作りだけにとどまりません。
「実物提示」が変える評価システム
「チェーン企業の商売をまわしているのは、実際に現場に立っているアルバイトたちだ」…そう信じる高橋氏は、現場を活気づける方法として、接客業界特有の悩みである「人手不足」の解消をも見据えています。
高橋氏:
「たとえば、ひとつの工程をより速く・より正確に行えるバイトと、そうでないバイトがいたとします。明確な能力差がありながら、時給への反映のされかたはせいぜい数百円の違いにしかならない。これでは従業員のモチベーションアップにもつながらないし、長期間に渡って働き続ける理由付けにもならないので離職率を下げることもできません。
そこでもし、能力あるバイトのパフォーマンスを客観的に評価できる仕組みがあれば、スタッフの定着率とともに現場の生産性を向上させられるはずだと考えました。」
ClipLine導入企業は、動画クリップを利用して店員のオペレーションを評価するという仕組みを取り入れることによって、アルバイトの定着率を上げることにも成功しているといいます。実際に定着率を50%から60%へと10%引き上げた企業もあるとか! 一年間で半分の人が入れ替わると言われる飲食業界においてこれは驚異的な数字といえますが、なによりのメリットは、教育効率の向上によってスタッフの教育コストが半減したこと。
ClipLineがスマートにするのは、情報伝達だけでなく、企業の出費でもあるようです。
クリップ映像を利用し、店舗展開ビジネスの情報伝達におけるムラを減らすだけでなく、採用コストや教育コストを削減することもできるClipLine。
IT化への取り組みが遅れがちな接客業界にあって、長く待ち望まれていた試みといえるでしょう。
気になるインタビュー後編では、実際の導入プロセスからClipLineの今後の展望にいたるまで、高橋氏に語っていただきました。お楽しみに!