OMISE Labをお読みの皆さんの中には、「自分のお店を出したい」と考えている方も多いはず。けれど、お金も時間も足りない、と考えて半ば諦めている方もまた多いのではないでしょうか。
そんな方にご紹介したいのが「小商い」という商売の始め方。
小商いとは”「儲ける」ことよりも、自分のやりたいこと/責任のとれること/楽しみながらやれることを、自分の手の届く距離で行う働き方”とされる働き方です。
自分の手の届く範囲ででき、週末開業も可能な小商いなら、憧れの「自分の店」を始めることができるかも。
今回は、2016年5月末に『京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜』を出版した鈴木雅矩さんに小商いについてお話を伺いました。
出典:http://www.amazon.co.jp/dp/4779629047
小商いの定義とは
— まず、取材を通じてたくさんの小商いの事例を見てきた鈴木さんだからこそわかる「小商いの定義」について教えて下さい。
鈴木:分かりやすい例で言えば、焼き芋屋さんや、ラーメン屋台などが小商いに該当しますね。僕自身にとっての小商いの定義は、「自分のできる範囲で、自分の納得のいく働き方をすること」だと思っています。 僕が京都で知り合った小商いをされてる方の中だと、全国600箇所以上の銭湯を渡り歩いていた銭湯マニアの方が、廃業寸前だった銭湯を引き継ぎ、番頭として運営しているケースもあります。
そういう「自分の理想とする生き方、働き方を追求したい!」という内的な要因が、小商いの原動力として共通している要素かなと思います。たとえば趣味でクッキーを焼いている人は、それで喜ぶ相手がいることがそもそもの動機になっていると思うのですが、そこにお金を絡めたものが小商いなんですね。
— 利益率のことですとか、細かくそろばんを叩かなくても、仕事として成り立つものなのですか?
鈴木:そこは商売ですので、始めてみると意外に儲からないな……というタイミングが訪れることはあります。そして、「このまま続けられるのだろうか?」という悩みに直面した時こそ、その人の馬力が問われる局面なのかもしれません。
僕はあっさりと引き際を決められることも小商いの一つの魅力だと思っています。これはあくまでも趣味として大切にしたいことなのか、それとも自分にはこれで食べていく覚悟があるのか……そういう「趣味」と「仕事」の境界について、商売を始めてみてようやくわかることもあると思うんです。
小商いはあまり元手をかけずに始めることもできますから、開業資金や準備期間などの条件にしばられることが少なくなります。そのため、自分の理想とする働き方を、小さくスタートさせることができると思います。
小商いは手軽に始められる分、趣味と仕事のリトマス試験紙にもなると思います。実際に、副業として小商いを始める方もたくさんいますし。食い扶持を稼ぐための仕事である「ライスワーク」と、自分が生涯をかけて実現させたい「ライフワーク」という言葉がありますよね。小商いはライフワークのやり方の一つだと考えています。
— 小商いの楽しさをあえてひとつ挙げるとしたら、どんなところになるのでしょうか。
お客さんとダイレクトに繋がれることじゃないですかね。お店の規模として間に流通を挟むことが難しい分、直接の売買で生じるコミュニケーションが楽しめるのが一番の魅力だと思います。
移動販売から古民家カフェまで。小商いのユニーク事例
— それでは、鈴木さんが取材を通じて知った小商いのユニークな事例について具体的に教えてください。
鈴木:まだやっている人が少ない分、注目を集めやすい業種としては中型バンを用いた移動販売などがありますね。移動出店の際の細かな制約はあるようですが、実店舗を持たないので固定費が少なく済むのが良いです。
レトロなフォルクスワーゲンのバンを用いて、クラフトビールの移動販売を行っているTOKYO BEER PORTERさんは、見た目のキャッチーさとビールへの深い愛情もあって、イベント出店の機会を増やしていますね。移動本屋のBOOK TRUCKさんは、こちらもバンを改造して本屋をしているのですが、固定店舗も持ちながら、移動出店先ではそのエリアに合わせた本のラインアップを販売しているというのが面白いポイントでした。
— 移動販売はフットワークの軽い小商いならではの商売スタイルになりそうですね。それでは、固定店舗を活用したこだわりのお店作りの事例としてはどんなものがありましたか?
鈴木:どのお店にも店主さんのこだわりが詰まっているので、そこからあえてひとつを紹介するのは難しいですが、LADAR(ラダー)さんというキッチン用品店はすごかったです。そこは、一つの商品を選ぶのに一年くらいかけるんです。グラス一つを取っても自分で半年くらい使用してみてから、店頭に並べるかどうかを決めるというこだわりようで、その他、ECサイトも展開しているのですが、それぞれの商品紹介ページもひとつの商品に、取材やリサーチを重ねて半年から一年くらいかけてやっているという。
普通のお店だったら、採算が合わなくてまずできないことですが、店主さんの道具に対する愛情だったり、「良いものをお客さんに使ってもらいたい」「良いものに囲まれた生活づくりを応援したい」という想いが原動力になっているようです。
— 取材されたお店の中に、小商いから始まって事業を拡大させた成功事例といったようなものはありましたか?
鈴木:京都で初めての古民家カフェを開業した「さらさ」さんというお店がありまして、今は京都内に6店舗あるような人気店なのですが、創業当初はホールスタッフが奇抜なファッションをしていたり、内装も独特だったりと、小商い的なお店だったようです。
さらさは1984年に開業した歴史あるお店なんですが、古民家カフェを作るきっかけになったのは、創業者のお一人にイギリス人のガールフレンドがいたことだったそうです。ガールフレンドの方が京都の古民家に住み始めたら、床の間を本棚にしたり、台所の畳を全部剥がしたり、日本人に無い発想で家を使っていたようで。
そんな生活の中で自然に生まれた和と洋のミックスが面白いということで、物件をセルフリノベーションし、飲食店の経験がない中でカフェを開業した、というのがスタートの背景だと聞きました。 さらに、さらさでは店舗空間を小さく貸し出して、「店舗の中に別の店舗がある」という複合施設になっていたのもユニークなポイントだったそうです。
小商いの始め方、輝き方
— ここで再び「そもそも」の話に戻りますが、小商いを始めるには何が必要なのでしょうか?
鈴木:やりたいことを明らかにすることが一番重要だと思います。自分がなにが好きか、資金も時間もない状態でもなにをしたいのか、つまりは「なぜやるのか?」というそもそもの部分を自分自身に問いかけることが最初のステップになると思います。
次に、何を売るか、誰に売るかを決めることです。どこで売るかによって売るものも変わってきますし、出店エリアの特徴や客層などの外的な要素とすり合わせながら、どんな什器を仕入れるか、ディスプレイをどう見せるのか、といった細部の事柄を決めるといいと思います。
— 開業のための予算についてはいかがでしょうか?
鈴木:僕自身、路上写真屋を開いていたことがあるので、1000円でも100円でも商いは始められるものだと思っています。それに、予算が足りなかったとしても「足りないなりのやり方」があるもの。先ほどのさらさの例で言えば、1984年の開業当初、物件の敷金礼金や家賃・改装費・調理器具・什器なども含め、開業資金は300万円以内で収まったと聞いています。
古物商であれば警察に届け出が必要、飲食店であれば保健所の許可が必要なので、そうした最低限のことをクリアしていて、「小さく始めて、長く続ける」という気持ちさえあれば、あとはDIY精神でまかなえるものです
— 最後に、小商いをやっている人たちのここが素敵というようなポイントはありますか?
鈴木:僕が取材させていただいた方には20代後半~30代後半のひとが多かったのですが、皆さんTwitterやfacebookなどを活用していましたし、「個人にコンテンツ力がある」というのが一番のポイントだと思います。今は物を売るのにストーリーが必要な時代なので、同じ商品が二つあったとしたら、売り手自身のバックストーリーなどが見える方を消費者が選んでいると思うんです。
お店にこだわりを詰め込んで、そのこだわりを自ら発信することで、お店のブランドが強化される。そんなサイクルを通じて小さなお店でも輝ける時代になってきたのではないかと思います。
[取材・撮影・編集:OMISE Lab編集部]
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