東京は御茶ノ水。
ひと気の少ない路地を曲がった先に、一軒のBARが明かりを灯しています。
同じビル3階の扉を開くと、そこには大人数で賑わう空間が広がっていました。
そう、この日は「TERAKOYA」イベント実施日。
ここレキシズルでは月に一度、歴史に関するプレゼンテーションが行われているのです。ただしプレゼンターは大学教授でもなければ考古学者でもない一般人。ついこの間までは1人のお客さんとしてレキシズルバーに訪れていた方も、TERAKOYAでは歴史の「先生」となります。こうしてお客さんがお客さんからお金をいただいて、歴史語りを展開しています。
一般的なBARではまず見かけないこの異様な光景を作り出した張本人である渡部 麗(わたなべりょう)さん。またの名を「首脳」は語ります。
「尖りましょう。好きなこと組み合わせましょう!!」
今回は「歴史」をコンセプトに多くのコンテンツを発信する株式會社 渡部商店様へのインタビュー記事の後編となります。前半ではTERAKOYAへの潜入レポート。後半では「面白い店舗」とは、「お客さんが集まる店舗」とは何か、首脳のノウハウを徹底紹介します。
【前編】はこちら
おカタい講演はよしてくれ。TERAKOYA潜入!!
2019年11月9日(土)。この日は月に一度のTERAKOYAが開催されました。レキシズルバーでは、お客さんがお客さんに向け歴史の知識をわかりやすく「POPに」プレゼンする機会が設けられています。週に一度の「数寄語り(すきがたり)」は15分のスケッチブックなど簡易な道具を用いたプレゼン。月の最終水曜日にバー3階を開放して行う、「レキシズルバースペシャル」は60分のスライドを用いたプレゼン。そしてレキシズル最高峰のコンテンツ、首脳部が選んだ先生がローテーションで毎回テーマを変え観客は有料で実施するのがTERAKOYAです。90分のスライドを使った本格的なプレゼンは、「歴史好きによる素人の語り」の枠を超えた、もはや1つの講演です。
と、言いたいところですが、TERAKOYAは「講演」ではありません。歴史素人でも、コアな歴史好きでも、誰もが楽しめる「歴史プレゼンテーション」。ここではその実態について、先生・お客さんのリアルな声をお届けします。
今宵のTERAKOYAは…
「よっ〇〇さん!!久しぶり。」
ガヤガヤと人が集まる賑やかな室内では、常連のお客さんから新規の方まで多くの人であふれています。水曜日に開店する飲食店としてのレキシズルバーとは違ったある種のコミュニティ。イベント前の独特な雰囲気は、これから始まる「歴史」という一見カタい印象のテーマを忘れてしまいそうです。
今宵のTERAKOYAのテーマは「北条早雲」。室町時代中後期の武将です。室内ではバーカウンターも設けており、毎回テーマに沿ったオリジナルカクテルとフードを提供しています。
【カクテル】(抹茶リキュール+ベルモット+ソーダ)
・HOSSEN(ほっせん、早雲がとても信頼した家臣の名)…600円 (ピーチシロップ+ウーロン茶+レモン)※ノンアルコールカクテル
【「 あいづ食堂」メニュー】
・早雲の作法…500円(梅だれ豚しゃぶサラダ)
・鴨狩り新九郎…500円(合鴨ロース)
お酒が入り場も温かくなった頃、「バチンッ」と部屋の明かりが消える。
そこに颯爽と現れたのが今回のプレゼンター、「くどはん」こと工藤達宏さん。
■Teacher工藤達宏(くどはん)
場の空気が一変し静けさに包まれるなか、くどはんが語り始めるのです。
くどはん:この中で戦国時代が好きな方!!
TERAKOYAでは、このようにプレゼンターである先生がお客さんに話しかける光景が多々見られます。なんでも「お客さんを油断させる技術」が必要なんだとか。それもそのはず、どんなにコアな知識も、わかりやすく面白い内容で伝え、「興味」をもってもらうことがTERAKOYAの真髄です。時にはお客さんからのツッコミに応える場面もあります。まさにお客さん巻き込み型の講演、いやイベントです。
音と映像、作り込んだスライドの仕掛けは、お客さんを笑顔にし、時には涙を浮かべる場面もあります。過去に活躍した歴史上の人物が、何を考え何を知り、戦国という動乱の時代に争い生きてきたのか。TERAKOYAでは、社会変遷の記録としての「歴史」が現代人に向けた、これからを生き抜いていくための「哲学」として発信されているのです。
筆者自身、歴史に対しての深い知見や興味があるわけではありません。
どこかしら「カタい」イメージのある歴史に対し、取っ付きにくさを感じていたのです。しかしTERAKOYAでのプレゼンを聞き感じたのは「純粋な興味」。まさしく首脳が掲げる「歴史のPOP化」にしてやられたのです。
くどはんはいいます。
くどはん:知識のひけらかしになってしまうとつまらないので、歴史が楽しいという気持ちを伝える。話した内容に少しでも興味を持ってもらう。それで帰ってちょっとでも自分で調べてもらうとか。そうやって歴史の魅力が広がってくれると嬉しいですし、その役割をレキシズルが担っているんだと思います。
お客さんとしても、発表する側としても楽しませてもらってます。こんな場所・空間はレキシズル以外にはないですよ。
レキシズルだけの価値
歴史という1つのテーマで集まる人々。普段は歴史とは無縁の環境で働く方々も、レキシズルでは歴史の世界に酔います。数あるお店の中でも、レキシズルに足を運ぶ理由はなんでしょう。ましてや、どこにいてもつながれるオンライン時代に…。
今回TERAKOYAに参加したお客さんの、リアルな声を聞いてみました。
人とのつながり「安心感」につきます
歴史のアウトプットを目的として足を運ぶ方はもちろん、レキシズルには歴史コア層から初心者まで、さまざまなお客さんが集まります。お客さんのリアルな声から紐解く、今後の店舗のあり方を見ていきましょう。歴史に関してあまり知識のない「ポッパー」と、コアな知識が好きな「コアーズ」のそれぞれにお話を伺いました。
【ポッパー】
――今日のプレゼンはいかがでしたか?
わかりやすくて非常に面白かったです。
――コアな歴史好きもあまり知識のない人も混ざっているなかで、プレゼンの評価は難しいですよね
そうですね…、わかりやすい方がいいです。知らない歴史をわかりやすく説明してもらえるのが楽しいです。そんなマニアックでカタいのじゃ聞きにこないですし。一方でメジャーすぎる歴史を語られても満足できない。
だからまったく知らない歴史をわかりやすく、なおかつ知っている歴史でも違った一面や面白さに気づかせてくれる場がTERAKOYAですね。
――ただお酒を飲む場所ではないですもんね
そうですね。でも、レキシズルバーで歴史の話ばかりしているかといえばそうでもないんですよね。
カタいガチの歴史を語るのはとっつきにくいじゃないですか。本当にマニアックな知識でも、それを面白おかしく聞けたらためになるし興味も湧きますから。極論、話してて面白かったらなんでもいいんです(笑)。
――レキシズルのように、「店舗×〇〇コンセプト」といったテーマのあるほかの店舗に行ってみたいとは思いますか
行ってみたい! 「婚活」とか「出会い」とかじゃなくて、なんとなく行ったら知り合いがいる場所。それってすごくいいよね。それがなんのテーマであれ、コンセプトであれ、なんでもいいです。
ただ、レキシズルも「歴史」だけのテーマじゃつまんないんですよ。
「歴史をPOPに」っていうコンセプトだから歴史が好きじゃなくても入りやすい。「歴史」だけじゃぼんやりしてるし、コアな人だけが集まっちゃう。
「POP」っていうテーマがあるからいろんな人が集まって、いろんな淘汰がなされて、できあがった場所だと思うんです。だからコンセプトを作る人は、どういったコミュニティにしたいかを明確にしながら運営しないと成立しないと思います。
店舗に足を運んだ時、中途半端でゆるいメッセージだとお客さんは察すると思いますよ。レキシズルは、お客さんに対してとてもオープンでユルいコミュニティだけど、しっかりとしたテーマがあって淘汰もされてる。テーマに合わない人は勝手に離れていく。出入り自由で入りやすい空間でも、しっかりとした軸があるから人が集まるんだと思います。
だから歴史が好きだからここにきてるけど、違うコンセプトで面白い店舗があったら行きたいし、むしろそういったお店じゃないと今後は残っていかないと思う。わざわざ足を運ばない。安さで売るか、コンセプトで売るかのどっちかかな。
【コアーズ】
――レキシズルの空間はいかがですか?
「歴史」だけを切り取った空間はここ以外にもあると思うんですけど、ただいかにも勉強臭いというかカタい(笑)。
だからここにきて歴史の話だけしてもつまんないとも思っていて、うーん、大学のサークル活動と同じなんですよね。
サークルってスポーツ系はわかりやすく活動しますけど、文化系って必ずしもそれだけの話をしてるわけじゃないじゃないですか。雑談から入ると思うんです。レキシズルは雑談ができるし、歴史の話もできる。なおかつ仲間が増える。そういった意味では特殊な空間かもしれません。
肩の力を抜いて話せるのは楽しいですね。いい意味でのユルさはありがたいです。そのなかでもTERAKOYAのようにお金を払ってまで楽しめるコンテンツもあるのは飽きないです。
――ほかの飲み屋と違うレキシズルの魅力は?
僕はそもそもコミュ力がなくて、何を話せばいいのかわからなくなる時があるんです。ただここにくれば、自分が知っていることについて話してもイヤがられない。その安心感はあります。そう、「安心感」につきるんですよ。歴史というテーマを通して新しい人とつながれる。しかもTERAKOYAみたいなアウトプットを楽しめる場所もある。楽しみが尽きないです。あとは自分が主体となって開いたイベントに誰かがきてくれて、その場で新しいつながりが生まれたら嬉しいですよね。
レキシズルバーに学ぶ「面白い店舗でいこうよ」
ここまで、前編・後編に分けお伝えしてきたレキシズルの魅力。ただ美味しいお酒や料理を楽しむ場、ただ人が集まり会話を交わす空間。レキシズルではその両方を満たし、さらにお客さんを飽きさせない仕掛け作り、コンテンツまで提供しています。
そんなレキシズルを創り上げた首脳に、「面白い店舗」のあり方を物申していただきます。
――首脳が思う、オンラインにはないリアル店舗やイベント(オフライン)の強み、提供価値はなんだと思いますか?
首脳:オンラインの時代っていうけど、僕は逆だと思うんですよね。やっぱり消費者はどんどんリアルを求めているような気がします。あくまでネットは活用するもので。だから便利になればなるほど、潜在欲求としての「人の温もり」をみんなどこかで欲していると思うんです。オフラインだからこそ伝わる熱量と、もうスタイルを作っちゃったもの勝ちな気がします。どう個性をだしていくか、逆にそこがないと厳しくなってくる。
――確かに商品にはこだわるけど、突出した個性のない、たとえば「小洒落た」店舗ってどんどん立ち上がっては知らないうちに消えている気はします…。
首脳:極論、そういった店舗が歴史を組み合わせちゃえばいいと思います。商品にこだわるのはいいんです。もう一個何かないのかと。何か別のものを組み合わせてみると、新しいものが生まれてくる。ポイントは「組み合わせの妙」です。立ち上げてからも、もっと練るべきです。思考が停止する前に、店舗オーナーは自分は何が好きなのか、何が得意なのかをしっかりと再考する。
そして、どうメディアに取り上げてもらえるかですよね。「ここおもしれえな」と思ってもらえるような。例えば、プラモデルが好きだったら週一だけプラモデル+カフェにしちゃうとか。特化しないと。だからどこか尖って欲しいですよね。触りやすいもの、はいりやすいものじゃみんな慣れちゃってますから、そこはパンクにいかないと。
予定調和、コンプライアンス、関係なくどんどん尖らないと。簡単に言ったら、うちは「変な店」ですよね(笑)。
――確かにレキシズルバーは「変な店」かもしれません(笑)
首脳:みんな没個性になっちゃってる。人間誰しも変態性ってあるじゃないですか。そこをもうちょっと出しちゃっていいんじゃないかなあ。純粋に好きなものを思い出してほしいです。
その点うちは「共感ビジネス」なんですよね。それには磁力を帯びさせないといけない。磁場にならないといけません。レキシズルはその磁場になれたから、鉄分がどんどん集まってくるし、そのなかには、歴史の才能あふれる人がいたり。好きにお客さんが集まってくれる「テーマをもった場」を創れれば人は寄ってきますよ。
「尖りましょう。好きなこと組み合わせましょう!!」ですね。
――いざ「開業」となると、独自性の度合いが難しくはないですか?
首脳:オンライン、デジタル技術が発達した今だからこそ「好き力」の時代だと思います。生々しく出していこうよ。
それに対してネガティブな意見って絶対あると思いますけど、そもそも気にならなきゃそんな意見すらも出てこないわけですし。継続にはアンチも必要だと思いますよ。
うちはユーザーと共に創り上げてきたのが良かった。お客さんがお客さんを呼んでくれますから。一緒に人生を創っていく感じなんです。刺激が常にある環境です。
そして、だからこそ常に危機感は持つようにしています。新しいものを探し続ける、満足せずに変化を求め続ける。
――常に変化していくことが、これからの時代を生き抜く「多様性」なんですね
首脳:最初に明確なビジョンを持つのも大事ですけど、固執しないでどんどん変わらなきゃ残れないですよね。結局人ありきなので。
お店で何を売ってるのか、何があるのかっていうよりも、その店の人に会いにいくっていう感じです。あそこにいけば誰かしらがいるってことですね。
ストレスのなかで生きていくうえでのちょっとした給水所。ここにくれば疲れを忘れられる場所でありたい。アホになれる場でありたいです。
今、ハングリー精神旺盛な人って少ないじゃないですか。普通に生活してたら普通に満たされるのかもしれない。でも、そういった人の心を動かすんだったら、やっぱりちょっと狂ってないと。家でできないことです。オンライン周りじゃなくて、リアルはそこが魅力ですよね。直のコミュニケーションでしか得られないものは絶対ありますから。
――この記事を見た店舗経営者の方が、自身の「好き」を武器に尖ったテーマでお店を運営していくと考えると…なんだかすごくワクワクします!!
編集後記
SNSで人とつながることはできるけど、何か物足りない。
部活やサークルを通して、定期的に人と交流していた頃が懐かしい。
レキシズルをインタビューして思ったのは「うらやましい」という感情です。毎日同じことの繰り返し、見慣れた風景を横目に帰宅する日々。首脳がおっしゃった「給水所」としての店舗のあり方に、強い刺激を受けました。リアルでしか得られない価値、それはきっと対人でしか感じられない相手の価値観や経験値。店舗はその空間と雰囲気を売っているのだと。
尖った店舗・変なお店。そこに集まる人々を見てみたい。
何を考え何を知っているのか、今を生きる現代人もまた、「哲学としての歴史」そのものかもしれません。
【レキシズルバー】
■営業時間
水曜のみ
18:30~23:30(LO23:00)
■場所
東京都千代田区神田駿河台3-3 イヴビル1F
http://www.rekisizzle.com